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2013年07月24日

もう一つのツール・ド・東伊豆

先日行った社内夏合宿「ツール・ド・東伊豆
クリオシティのメッセンジャー・パッションによるもう一つのストーリーを紹介します。


メッセンジャーはいつだって自転車が大好きなんでしょ?と思われがちだ。
休日に遠くまでツーリングに行ったりするタイプもいれば、自転車に指一本触れないまま月曜日を迎えるタイプもいる。
僕はというと…典型的な後者である(苦笑)。

「ツール・ド・フランス」も観たことない、ロードバイクすら持っていない。
…しかし、出ることになってしまった…。

振り分けられたうちのメンバーは、
●社長ことヤナケン、●ホッピーことジロー、●チョモ、●おやつの五人。
この中でピストでの参加はチョモと僕の二人。ピスト(トラックレーサー)とは、多くのママチャリと同じでギアが一枚しかなく、変速が出来ない。

レース展開は想像がついた。
ホッピーがぶっちぎりで独走、残りの四人は、途中でおいしい蕎麦屋とか見つけたら最後、勝負を忘れてくつろいでしまうだろう。そして先にゴールしたホッピーが、「あいつら何やってんだよ…フザケンナヨバカヤロ…!」とカリカリしながらお腹もカリカリかいている、という展開。

彼は僕に言った。
「ロードレースにピストで出るなんてバカですよ。おれだったら出ないっすよ。」
勝負師の彼らしい。彼は機材にも妥協を許さない。
…そうだ、これはツーリングではない。勝負なのだ!

もう一つのツール・ド・東伊豆-パッションバイク1

でもマシンは、商売道具として愛用しているミドリビンカで走りたかった。
これでどこまで勝負出来るのか?
その一部始終をつづった悪あがき日記をご紹介致します。


6月28日(金)
レース一週間前、コースの詳細が発表された。かなりの山岳ステージもあるという。
同僚たちは、ルートを調べたり、パーツを替えたりと…静かに燃え始めた。

僕はまずハンドル周りをいじってみた。競輪用のドロップハンドルを、幅の広い400mmのロード用に替え、ブレーキレバーをブラケットの物に。見た目は好みではないのだが、登り仕様にした。
そして何よりもギア比のセッティングだ。この選択が勝負を決めるだろう。
まずは登り用を考える。普段使っている厚歯でいくとチェーンリングの最小が42T、コグの最大はフリーで20Tというのが市販されていた。=ギア比は2.1。相当軽い。
だがこれでも山伏峠は登れないという…。
手持ちのパーツをひっくり返していると、初めて買ったマウンテンバイクについていたクランクが出てきた。ほこりを払って見てみると、チェーンリングの最小が22。10年以上前の軸が四角い時代の物なので、右クランクだけつけ替えることも出来る。薄歯のコグと組み合わせれば……いける!!

※ここからは、メカニック関係の方は決して読まないで下さい(苦笑)。

両切りのホイールも駆使して何通りかのギアを使い分ければなんとかなるかもしれない。
決めた。登りは1.5を切るくらいの固定ギア、下りはなるべく大きいフリーギアにしよう。
実際にマウンテン用のクランクをつけてみた。チェーンラインは大丈夫。…しかし、チェーンリングのアウターとインナーとの差が大き過ぎるために、トラックエンドのスライド幅を最大限使っても、ホイールを引いた時にシャフトがスロットからはみ出してしまう。
…チェーンも長さの違う物を使い分けなければならないということが判明した。

チェーンテンショナーを使えば長いの1本で済む?
スペアのチェーンとカッターを持って走る?
コグ外しとロックリング外しも必要か?
各ステージのゴール地点で交換するなら、サポートカーに道具を預けて走れるか?
厚歯も使うなら、いっそのことクランクごと替えちゃうか…?!
仕事中も、ギア比のことばかり考えながら過ごした。

通勤で走っている時に、あるアイディアがひらめいた。
それは、マウンテンのクランクをフリー用にして使い、左側のドライブサイドには固定ギア用のクランクをつけること!
つまり左右両側にチェーンリングを備えた、いわばクランクの両切り。
現にうちの社長ヤナケンは、ピストの左側にチェーンリングをつけている。当然、ペダルを踏むとコグが外れる方向に力が作用するが、ロックリングを思い切り締めていれば問題ないと言っていた(よい子は決して真似をしない様に)。
右側をフリーにしたのは、フリーコグのラチェット機構の回転方向に準じてである(何いってるのか解らないという方は身近の自転車好きに解説してもらって下さい。でもあまりまっとうな自転車好きには聞かない方がいいと思います)。
ギア比の異なる薄歯と厚歯のチェーン2本を用意し、走る時には片方のチェーン1本とチェーンカッターだけをポケットに入れておけばいい。という、おそらく人類史上誰も試みた人はいないであろうアイディア。
ここで気付く方もいることでしょう……そう、ロードバイクがあれば済む話なのだ。
つくづく自転車の進化の歴史は、試行錯誤の歴史であることを思い知らされた。

もう一つのツール・ド・東伊豆-パッションバイク2

手持ちのコグを並べ、ギア比の表を書き出し、地図を睨み、頭を抱えた。

7/4(木)明け方4:00
チェーンオイルにまみれ、うとうとしつつも、使うギアはとりあえず決まった!

僕の作戦の全貌を公開致しましょう。
●第1ステージ、固定ギアでスタート。
●山伏峠に登り始める地点で、まずは両切りホイールをひっくり返して軽いフリーギアにする。→そのままフリーで下る。
●第2ステージ、天城峠へのダラダラ登りには、また両切りをひっくり返して固定ギアに。
●第3ステージ、天城峠山頂でコグとチェーンを交換し、下り&海岸線仕様の重いギアにする。
……なんだ、走っている途中でシフトチェンジするのは山伏峠の入口の一回だけだ。

フッフッフッ…完璧だ。僕はニヤリとし、朝日のなか眠りに落ちた。

ホッピー先生はお腹をかきながら鼻で笑った。
「それは100年前のツールですよ。」
ウールのジャージを着て、ギアの変速なんか無かった時代。選手の親戚の叔父さんとかが、山のふもとで替えのホイールやアップルパイなんかを持って待ち構えていたのだろう。
それはそれでいい時代だとは思う。

まあしょうがない。シングルギアのトラックレーサーで走るんだから。
待てよ?…ここでもう一つアイディアが。…替えの自転車ごと、前もってコースの途中に停めておく…?
人間は、足りないものを補うために知恵が働く生きものだと思う。


7/5(金)レース前日。
業務後、僕は浜松町の職場をさっさと切り上げ、品川駅に向かった。
いつもの様に家まで30キロ走ってから、翌朝早く熱海駅に向かうぐらいなら、今晩から熱海に直行しちゃう方がいいと。輪行バッグ(100円ショップで買った自転車カバー)をかぶせ、新幹線に乗り込んだ。
胸が高鳴った。勝負に一歩リードしている優越感。新幹線で温泉街に向かっているこのブルジョア感。なんて贅沢なんだ。横浜のみんなは今夜、せいぜいボケーッとチェーンに油を差して過ごすぐらいだろう。

町並みはだんだんさびれていき、そして夕闇に包まれていった。

熱海の夜。スマートボールとか場末のストリップとかの誘惑があるのだろうか。
…しかし、僕の準備はまだ完成していなかった。
天城峠を下ることから始まり、海岸線が続く後半のコース。アップダウンはどれぐらいのものなのか身体で確かめておきたかった。まだその区間のギア比に迷いがあった。
僕は熱海から伊豆急に乗り換え、海岸線の始まる河津という駅で降りることに決めた。


トンネルを抜けると、そこは雨だった…。
時刻は21:00過ぎ。とりあえず熱海方面に走れるだけ走ってみよう。
まさか降るとは思わず、雨具なんか何も持って来ていなかった。バックパックにはロックリング外しとか、無駄に重い物しか入っていない。
びしょ濡れになりながら走った。
真っ暗な道が続く。時おり車が通り過ぎる時だけ道が照らされる。実際、何度か左肩が崖にぶつかった。アップダウンどうこう以前にしんどい。
うわあ…こんなことならボケーッとチェーンに油を差して過ごせば良かった…。早くシャワーを浴びて冷たいシーツで眠りてえなあ…。そんなことばかり考えはじめた。

ふと空を見上げると、雨雲の切れ間に星がまたたいていた。
空気がきれいなのか、星が大きく見えた。
この「ツール・ド・東伊豆」で星を見るのもおれ一人ぐらいだろう…と思うと、この自分だけのツールもなかなか悪くないと感じた(15秒ぐらいだけ)。

やっと泊まれそうな町が見えてきた!
熱川。ちょうど第3ステージのゴール地点でもある。時刻は10:00過ぎ、そういえば夕飯もまだだった。ところどころから湯けむりが立ちのぼっていて雰囲気がいいぞ。坂道をくねくね下って行き、灯りのついている宿を探す。
「すいませーん、一人で素泊まりなんですけど、今日空いてますか?」と聞くと、
「…うちは格安なので、満室なんですよ。」
「今日は満室で…隣は空いていると思いますが。」
「予約を頂かないと…お布団を敷いたり準備もありますので…。」
「素泊まりとか、そういうのはやっていないんですよ…。申し訳ございません。」
軒並み4タテを喰らった。
布団ぐらい自分で敷いてやるっつーのに。
まあ、小汚ないずぶ濡れのバックパッカーに夜遅く門を叩かれても当然の対応なのかもしれない。僕が宿の主人だとしても追い払いたいと思うだろう。
ハラワタが煮えくり返りながらも紳士的に立ち去った。宿の名前は伏せておいてやる。

自動的に、今夜の宿は決まった。

もう一つのツール・ド・東伊豆-出発準備

ここらへんの駅は、夜になると無人駅になる様だ。トイレで身体をざっと洗い、やっと一息ついた。
今夜の夕飯、湿ったチップスターをかじりながら、これからどうするか考える。
ああ…やらかしちゃったなあ。…おとなしく熱海で泊まっときゃ良かったかなあ…。もうこんなとこ二度と来るか!
疲れている筈なのに、蒸し暑くてなかなか寝つけず、フラフラ歩いてみたり時刻表を調べたりした。
何よりも、蒸れたパンツが気持ち悪かった。男おいどんを思い出したりした。

それでも深夜過ぎ、身体中ガリガリ掻きながらも、だんだんまどろみ落ちていく。
…虫に刺されて僕の身体中が山岳賞模様になっていくのを感じながら。


7/6(土)
5時ごろ目が覚めた。三時間くらいは眠れたようだ。
始発まではあと一時間ほどあり、まだ夜も明けていない。
こんなところでうだうだしていたくないし、ちょっとでも走って目を覚ますか!
これがまたやらかしちゃうことになるとしても、少しでもコースを走っておきたかった。

坂をくねくね登り、135号線に出た。
朝もやの温泉街を見下ろす眺めは、とても魅力的だった。

もう一つのツール・ド・東伊豆-熱海風景

ある作家が「初めてモナコに行った時、熱海に似ているなと思った。」と言っていたのを思い出した。
数時間前にはハラワタ煮えくり返った町だったが、今はこう言おう。
アリガトウ、熱川。また来るぜ、今日。

第3ステージのゴール地点であるコンビニを通り過ぎ、第4ステージは135号線をひたすら北上するだけだ。
河津から熱川までも結構アップダウンがあったが、ここから先の海岸線も平坦ではない。ギア比はフリーで2.8ぐらいがいいかな?
まだしぶとく作戦を考えていた。

夜が明けてきた。
朝焼けと夕焼けの時間帯を、マジックアワーとよぶそうだ。

もう一つのツール・ド・東伊豆-マジックアワー

漁師町を照らす朝焼けはすごくきれいだった。
この風景に出くわせただけでも、昨日から前乗りして良かった、走って正解だった!…と思えた。
最近よく聴いている、児玉奈央さんの「きみだけのマジックアワー」という歌をうたいながら走った。

♪じょうずに出来るかってことじゃあな??い

「ぼくだけの」ツール・ド・東伊豆。
じょうずに出来なかったが、もうすでに愉しいレースになった。


当日の集合時間は熱海駅に8:00。
レースの勝負というものは、スタートする時にはすでについているものなのかもな…。
フラフラの頭でそんなことを考えた。

伊東駅にたどり着いたのが7:00。
熱海まであと21キロ。一時間で走るにはちょうどいい距離だ。普通のコンディションなら(笑)。そして電車だとあと5駅。
僕は駅のベンチでタオルを乾かしながら缶ジュースをぐいっと飲み干した。
朝日を横から浴びて、ミドリビンカがギラリと輝いていた。

僕のツール・ド・東伊豆はここで終わった。

もう一つのツール・ド・東伊豆-エンディング
posted by 次長 at 13:17| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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